片手に哺乳瓶、片手にビーカー
研究能力に男女の別はないかもしれないが、女性研究者の成功はパートナーに係っている。中央研究院分子生物研究所の統計によると、女性研究者の多くは学界関係者と結婚しているが、男性の場合、妻の職業はまちまちという。学界に身を置く夫でないと、研究に専念する女性研究者を理解し、サポートできないということなのである。
女性研究者ではあるが、母としての経験も決して疎かにはしていない。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校でポスドクの研究中に子供ができた。母が産後1カ月は手伝いにアメリカまで来てくれたが、その後は、陳瑞華は朝5時に研究室に出かけ、午後1時に家に戻り、夫は午後から夜まで勤務して、育児を二人で分担した。
二人が台湾に戻ったとき、子供はすでに自分で動き回るようになっていたので、週末は交代で勤務し、一人が家で子供の面倒を見た。「当時は父か母のどちらかしかいなかったので一人親家庭のようでした」と陳瑞華は笑う。
子供が大きくなると、子供連れで勤務するようになった。二人の子供は中央研究院の研究室で育ったようなものだが、上の子は設計を、下の子は経営学と、二人とも科学研究には進まなかった。
台湾に戻って研究室を開設してから20年になるが、基礎研究を熱愛する陳瑞華は、これまでずっと起業をするとか技術移転といった商業化に興味がなかった。
「それでもこの年になってくると、社会への貢献を考えるようになってきました」と彼女は語る。KLHL20を抑制できれば、がん治療や新薬開発に役立つかもしれない。そこで構造生物学者の蔡明道と協力し、KLHL20とPML結合モデルを解明して、二つのタンパク質の結合構造を理解すれば、この結合を切断できる低分子医薬品をデザインできるだろうと話す。
そうはいっても、基礎科学を応用するにはなお長い道のりが必要となる。低分子医薬品を作れても、それを臨床に運用するのは長い時間のかかるプロジェクトとなり、しかも成功するとは限らない。基礎研究に打ち込んで30年の陳瑞華は、それでも諦めることなく「バイオ医学とはそういったもので、成功できればがん治療に大きく貢献できます」と静かに、しかしきっぱりと語る。
傑出した女性科学者と評価され、経歴に花を添えたが、これまでの研究者生涯で性別を特に意識したことはなかった。
「学術研究は能力主義で男女の別は関係ありません」と言うが、それでも仔細に見ると、女性の方が注意深く専念できるかもしれないと笑う。
陳瑞華からはスーパーウーマンの雰囲気は感じ取れないが、台湾女性の誠実で揺るぎない意志の力を見て取ることができる。
陳瑞華は中央研究院生物化学研究所で大規模なチームを率い、年中無休で研究を続けている。(陳瑞華提供)
陳瑞華は中央研究院生物化学研究所で大規模なチームを率い、年中無休で研究を続けている。(陳瑞華提供)