靴がないのは、どんな感じだろう。2015年4月25日、デパートの立ち並ぶ台北市信義区の世貿駅から香堤広場までを数百人が裸足で歩いた。イベント「台湾ONE DAY WITHOUT SHOES(1日だけ靴を脱いで過ごそう)」の一環だ。
アスファルトやレンガの歩道の上を裸足で歩けば、ざらざらした地面や温度を直接感じられる。このイベントに多くの家族連れが参加した。子供たちは小石を踏まないよう、地面を見て恐る恐る歩いた。主催者の陳玟潔は、この活動を通じて靴がない人の思いを身近に感じてほしいと願う。
世界でONE DAY WITHOUT SHOES
毎年4月には世界で「ONE DAY WITHOUT SHOES」が繰り広げられる。すでに50ヶ国以上で行われているが、2013年4月25日に台湾で初めて開催された際には、陳玟潔の立ち上げたブランドBR Linkが同時に売り出された。BR Linkとは、Buyer(買い手)とReceiver(受け手)をリンクすることを表し、「靴を1足買ってくだされば、会社があなたの代わりに、新しい靴を1足、それを必要とする子供に贈ります」という。
陳玟潔によれば、世界には靴のない子供が3億人以上おり、毎年100万人の子供が裸足でいたことによる病気や感染で亡くなる。一般の台湾人には想像し難い状況だ。彼女は海外での布教活動の間にインド、タイ、カンボジア、ネパールなどで、新しい靴を持つことが望めない贅沢である子供たちを見てきた。「ONE DAY WITHOUT SHOESはたった数百メートル歩くだけ、タイ北部の子供たちが毎日裸足で歩く距離には遠く及びません」と彼女は言う。イベントの目的は、それを身近に感じてもらうこと、そして、必要とする人と必要とされる人を結びつけることだ。
海外の布教で見えたもの
36歳の陳玟潔は、大学卒業後、教会に勤務した。主に児童教育を担当し、毎年、台湾の子供たちを連れて海外に赴き、貧しい地域で布教を行なった。子供たちの置かれた環境のあまりの違いに、彼女は強い衝撃を受ける。「最大の衝撃は、インドに行った4回と、タイ北部の薬物依存リハビリセンターでの経験でした。多くの子供に欠乏と貧困がのしかかるさまを見て、もっと何かをしたいと思ったのです」
最も印象深い出来事はインドでのことだ。陳玟潔の率いる子供の中に10歳の男の子がいたが、裕福な家庭に育ちながら、いつも不機嫌そうだった。まったく環境の異なるインドの生活に馴染めず、団体生活も嫌がったこの子は、たびたび癇癪を起して、先生に「なぜこんな所に来なければいけないのか」と訴えた。ある日、貧しい地域を訪問し、現地の子供へプレゼントを、どの子供も一つずつ贈ることになっていた。その子の母親がその子が使わなくなった玩具を包んで持たせたため、男子はますます不機嫌になっていた。
訪問が終わりに近づいた頃、その子が陳玟潔のところに駆けて来て嬉しそうに話した。食べたキャンディの包み紙を現地の子供がくれと言うので渡したら、彼らはその包み紙で嬉しそうに遊び始めたという。そんな反応に驚きながらも、彼は満足感を味わったようで、まだほかに自分が彼らにあげられる物があるか、と尋ねてきた。「与えることの喜びを感じ、この子の心に芽生えるものがあったのでしょう。嬉しそうに『何でもあげてもいいの?』と聞くのです」陳玟潔は「何でもあげていいのよ。でもパンツだけは残してね。裸で帰るわけにはいかないから」と答えたという。
一つ買って一つ寄付
陳玟潔はこう語る。物が不足している海外の子供と比べると、台湾は豊かで幸福だ。が、本当はどちらにも不足したものがあるのではないか。だとすれば、両方の不足部分を結び付ければいい。そうした事業ができるのなら、ぜひやってみたいと考えるようになった。
ふと思い出したのが、TOMSの創立者による台湾での講演だった。彼は「靴を買ってくれれば靴を贈る」という会社を立ち上げ、多くの子供に靴を贈っていた。陳玟潔は台湾でも「一つ買って一つ寄付」を始めたいと考えた。買い手と受け手を結び付けることで、援助を必要としている世界中の子供たちの役に立てると。
会社を立ち上げてまずやったのは、海外布教で訪問した地域の公立校や、国際的NGOと連絡を取ることだった。台湾人の思いやりを伝える架け橋になり、現地の子供を助けたいと説明すると、ただちに大きな反響が返ってきた。
贈る対象を公表
古靴の寄付とは異なり、BR Linkでは、必要とされている靴の種類とサイズをまず調査し、必要とする子供に的確に届けるようにする。また、公式サイトで、贈る対象を定期的に公表している。たった2年間でBR Linkは1000足を超える新品の靴をネパールや、台湾の僻地校に贈ってきた。「こうした結びつきで、双方の生活の質と人生の質を高めることができます」
起業は一つの過程だ。最初に理念を抱き、起業に至るまで、陳玟潔は多くの挫折を味わった。やり通せたのは「無鉄砲だから」と彼女は笑う。それに信仰心も多くの困難を克服してくれた。それでも克服し難い困難があった。「最初の難関は思いがけないことに、私たちのために靴を作ってくれる工場が見つからないことでした」
台湾製へのこだわり
陳玟潔は、ある理念を実現するなら、その理念によって台湾への支持を表すべきだと考えた。自分には台湾への思いがあり、売る、あるいは寄付する靴は台湾製でなければならなかった。関連業界と縁のなかった彼女は、靴を作ってくれる工場をGoogleで探すしかなかったが、なかなか見つからない。結局、起業から製造開始に至るまで、1年近くを費やした。
工場探しが暗礁に乗り上げていた頃、まだ教会で教えていた彼女は、ある日の授業で生徒に自己紹介をさせた。すると最初の生徒が「10数年間、靴工場で働いてきた」と言う。陳玟潔はあまりの驚きに、次の生徒の発言を促すことすら忘れていた。「この生徒が良い工場を4軒も紹介してくれました。しかも、こういう工場はGoogleなどでは見つからないことも知りました。こうして難関を一つ一つ乗り越え、靴業界での経験はゼロでしたが、デザイナーを雇うこともなく、すべてのデザインを工場と話し合って決めました」
緊張と困難の連続だったが、前進し続けた。工場が見つかった後も、さまざまな経験をした。話し合いの最中ずっとスマホをいじっているような工場主は話をいい加減に聞いており、製造も遅れがち、製品の出来も悪いのに、納期になると出荷してしまう。だが、こうした困難も在庫のプレッシャーには及ばなかった。
2000足余りを前に涙
工場に製造ラインを設けてもらうため、陳玟潔は自分のすべての財産を担保にしたので、注文が滞るとプレッシャーは大変なものだった。「2000足以上の在庫を前に、泣き出してしまったこともあります」最初は何人かで始めたが、財務的プレッシャーから皆、手を引いてしまい、今は彼女一人で頑張っている。だが、彼らは今でもボランティアとして助けてくれる。
起業後、最初の靴をネパールの小学校に送り届けると、一人の男の子が「生まれて初めてもらった新品の靴だ」ととても喜んだ。その時のことを思い出し、陳玟潔は目を赤くする。その男の子が靴の袋を抱きしめたまま離さないのを見たスタッフが、もったいなくて履かないのではと心配し、「今後も定期的に送り届ける」とその子に約束すると、やっと男の子は靴を履いた。だが、今でも雨が降るとやはり履かなくなるという。
ブランドをネットで運営して1年後、あるデザイン会社の社長が、自分も社会のために何かしたいと連絡を取ってきた。陳玟潔の起業理念に賛同し、BR Linkのデザインを手伝いたいというのだ。「社長は私の理念を聞き終えると、『思っていた通りの人だ』と言ってくれました。BR Linkを通してつくづく思うのは、台湾の社会には前向きなパワーがあるということです」
デザイン会社の協力を得たことで、提携中の靴メーカー牛頭牌(new buffalo)も、価格上の譲歩を申し出てきた。「意義ある協力によって、メーカーとの良いつながりも生まれました。台湾の多くの人は善いことをしたいのだと、私は声を大にして言いたいです」
今後さらに規模を拡大できれば、買い手を連れて海外に赴き、受け手と直接ふれあってもらいたいと考える。「目標は1歩で2足の足跡、つまり1足の靴で2人の手伝いをすることです。良いことは自分だけがやればいいのではありません。誰でも良い考えがあって、同じような寄付をしたいと思えば、どんな種類の製品でもいいからBR Linkのロゴを貼りつけて、一つ買って一つ寄付というようにすれば、多くの人の助けになります」
新しい靴をもらった笑顔や、子供に靴を履かせてやる時の喜びが、陳玟潔の原動力となる。多くの国を回ったが、台湾人が最も温かいと彼女は感じる。社会的企業を運営できるのは、皆の助けがあるからで、だからこそやめるわけにはいかない。「『アルケミスト-夢を旅した少年』の本の中にあるように、『何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる』、これが今の私の思いです」と彼女は言う。
世界の貧しい子供たちに靴を贈る活動が台湾各地で盛り上がっている。社会的企業のBR Linkは、世界的なONE DAY WITHOUT SHOES活動を行ない、「一つ買って一つ寄付」という形で多くの子供たちの人生を変えている。
2012年、ネパールの片田舎に最初の靴が届き、ボランティアが子供に靴を履かせてあげた。
2010年にインドに布教活動に赴いた時、陳玟潔は大勢の子供が靴を履いていないのを目にした。学校へ行くこともできない彼らのために社会的企業を興し、新品の靴を寄付することにしたのである。
靴を持たない子供は世界に3億人もいて、毎年100万人以上が裸足であるために感染症や疾病で亡くなっている。一足の靴で子供たちの運命を変えられるのである。
BR Linkを設立した陳玟潔(中央)は、必ず台湾製の靴を贈ることにしている。世界各地の子供たちに、足にぴったりの快適な靴を寄付している。
台北の繁華街を多くの人が裸足で歩いた。この活動を通して、靴を持たない人々がいることを知らしめ、慈善活動への熱意を喚起したのである。
裸足で歩くことで台湾の前向きなパワーが見える。陳玟潔は靴を買った人と受け取る人を結びつけ、台湾人の愛を広げている。