枠を超えたスクラッチ技法
初めてその作品を見ると、キャンバスに引かれた力強い線に惹きつけられる。とくに山、海、天地を創作のテーマにした一連の作品は、鄭麗雲の代表作である。その創作スタイルは、暗い色を下に明るい色を上に重ねる一般の方法とは異なり、明るい色を底にして絵の具を塗り重ねていきそれが一定の厚さに達したら、まだ乾いていない絵の具を特製のペンナイフでかき取って明るい色を見せるものである。上の暗色から下の明色までがグラデーションとなって、一見規則性のないラインに見えるが、一筆毎に火炎の姿や夜の水など作家の発想が生きている。実際に目にした景色を元に、抽象的手法で具象的自然を表現し、水墨画の境地を油絵に取り込んでいる。
水温や光の屈折が海面に様々な色を浮かび上がらせるが、鄭麗雲は独自のスクラッチ手法で、海面の色彩の変化を捉え、深い青から光を帯びた波まで、力強い線で表現された画面があたかも動き出すかのような立体感がある。幅16メートルの作品「水M」は、1996年に初めてスクラッチ技法を用い、9カ月をかけて完成したものである。これ以降、スクラッチの減算法が彼女のトレードマークとなり、次第に国際的に頭角を現すようになった。その後、国務省の招きを受けて、その作品をヨルダン、シンガポール、フィリピン、デンマークなどのアメリカ大使館に展示し、またアフリカのボツワナ、デンマーク、ポーランド、マレーシアなどに文化大使として派遣され、文化交流に努めてきた。
豊かな創作エネルギーに恵まれた彼女は、定型のフレームから飛び出し、油絵の大作や楕円形のキャンバスを試し、2014年の花シリーズでは花弁の不規則な形の板にキャンバスを張り付け、得意のスクラッチ技巧で花弁の線を浮き出させた。華やかな牡丹、典雅なショウガの花、柔らかな三色すみれなど、庭の花を題材に艶やかな色彩を躍らせて、女性のしなやかな強さを感じさせる。
「水M」305×1524㎝/1996 スクラッチ技法を用いる鄭麗雲の作品は、立体的に独自の世界を醸し出す。