
同じ言語を用いることから、台湾とシンガポールの間では文化交流が盛んだ。シンガポールでは台湾の絵画、舞踊、演劇、音楽、文学などの公演や展覧会がしばしば開催されており、地元の人々の注目を浴びている。
シンガポール駐在の台湾代表処を訪れると、水色のソファと芸術家‧王亮尹がスイーツをテーマに制作した版画が目にとびこんでくる。そこにあふれる美しい色彩は、ここが堅いイメージの公的機関であることを忘れさせる。

駐シンガポール台湾代表公邸は美術品で飾られ、生き生きとした生命力を感じさせる。
シンガポールの台湾現代アート
油絵、水彩画、抽象画、具象画と、代表処の空間には、まるで小さなギャラリーのように台湾の現代アーティストの作品が飾られている。「アートは暮らしの雰囲気を高めてくれます」と梁国新代表は言う。以前は薄暗かった廊下が、今では来賓が足を止めるスペースになっている。
駐シンガポール代表処は2017年10月から、外交部と文化部による「在外公館芸術展示プラン」に参加しており、一年ごとにアートバンクによって台湾の現代アート作品が展示される。今期は「盛放台湾」——台湾の豊かさと美しさをテーマとしている。例えば、蔡式媚の「惠風」は一見緑色の彩色水墨画のように見えるが、実は緑色の紙に墨で風に揺れる草原を描いたもので、作品の前に立つとそよ風が草の香りを運んでくるように感じられる。
しばしば各国の来賓が訪れる大使公邸にも、同じように台湾の現代アートが展示されていて、梁国新代表が一つひとつの作品を生き生きと紹介してくれる。
これらの作品は代表処や公邸に展示する前に、シンガポールの他の場所でプレ展覧会を行ない、無料で開放する。多くの人が台湾のアートのレベルの高さに驚き、購入を希望する人もいるほどだ。作品は販売品ではないのだが、これによりアーティストの知名度も高まる。
これらの作品が台湾の芸術エネルギーを際立たせるだけではない。アートバンクでは作品をアレンジしたティーバッグやカードなども制作していて、来賓へのギフトとして提供している。台湾の芸術家の豊かな創造力や展覧会場のレイアウト、周辺グッズのデザインまで、どこをとっても台湾のクリエイティビティの実力が感じられる。
「シンガポールでは台湾の芸術表現におけるイノベーションや実験性、エネルギーが注目されています」と梁国新は言う。シンガポール最高の芸術センターであるエスプラネード-シアター‧オン‧ザ‧ベイでも、雲門舞集や果陀劇場、表演工作坊など、台湾の芸術グループのステージを楽しむことができる。

駐シンガポール代表の梁国新は、在外公館における台湾現代アートの展示は国の文化政策の表れだと語る。
優れた華人アーティストを結集
エスプラネード-シアター‧オン‧ザ‧ベイは「人々の暮らしに芸術を」を主旨としており、毎年素晴らしいプログラムが組まれる。ここにはホールの他にショップや飲食スペースもあり、野外広場でもアートイベントが開かれるなど、多くの人が芸術に触れている。多民族国家であるため、華人、マレー系、インド系それぞれのアートフェスティバルも開催され、互いの文化を鑑賞し、芸術体験を豊かにしている。
毎年春節に開かれる華人アートフェスティバルは今年で17回目を迎えた。毎年一つのテーマを設定し、優れた華人アーティストを一堂に集める芸術祭で「華人アーティストのあこがれるステージにしたい」とプロデューサーのデルヴィン‧リーは言う。プログラムは多様で、舞踊、演劇、音楽、講座などがあり、分かりやすく娯楽性の高いものから前衛的、実験的なものまである。
現代アートは分かりにくくハードルが高いというイメージがある。しかし今年、台東から参加した布拉瑞揚(ブラレヤン)舞踊団の「無法被整除」は台湾先住民族の歌舞を現代舞踊にアレンジしたもので、伸び伸びとした舞踊と朗々たる歌声に喝采が鳴りやまず、このような現代舞踊は初めて見たという声が多く寄せられた。団長のブラレヤンは「観客にはリラックスして心を開き、見たままを感じてもらいたいと思いました。現代舞踊の魅力は、分からなくても感じてイメージを膨らますことにあります」と言う。

ジェイソン・リー(左)が開催した「シンガポール小品2.0:台湾とシンガポールの対話」展では、台湾とシンガポールのアーティストが交流し、より多くの創意が生まれた。写真は郭佩奇(右)の声音肖像シリーズ作品。両国の友好を象徴している。
パフォーマンスのステージを拡大
デルヴィン‧リーによるとエスプラネード-シアター‧オン‧ザ‧ベイは非営利事業で商業的利益は考慮しないため、実験的な創作を奨励しており、有名でなくても、よい作品なら上演の機会があるという。今年のフェスティバルで「荘子兵法」を上演した故事工廠劇団も2013年の創設以来、これが初の海外公演であった。
「荘子兵法」は密室脱出ゲームを通して荘子の哲学を表現する舞台だ。脱出ゲームに参加する6人は荘子の思想をもとに謎解きをしていくが、賞金がかかっているため互いに騙し合う。故事工廠の脚本演出‧黄致凱は「文化は違っても人間性の価値は変わらない」という。
脚本には台湾語の滑稽な会話がたくさん出てくるが、黄致凱はシンガポールでも台湾語のまま上演した。シンガポールの観客には7割ほどわかってもらえばいいと思っていたが、観客は完全に笑いのツボにはまり、台北公演より盛り上がったのである。「華人芸術フェスティバルはブランド力のあるイベントで、多様な文化的背景を持つシンガポールで受け入れられたことは、世界の舞台に邁進できることを意味しています」と言う。
デルヴィン‧リーによると、エスプラネード-シアター‧オン‧ザ‧ベイは今後も台湾と協力し、現地のアーティストの海外発展にも協力したいと考えている。

故事工廠劇団は、初の海外公演で緊張感あふれる「荘子兵法」を上演し、シンガポールの観客の心をつかんだ。(エスプラネード-シアター・オン・ザ・ベイ提供、Tuckys撮影)
台湾とシンガポールの芸術家の対話
団体や公的機関だけでなく、アーティスト個人同士でも二国間の交流は盛んだ。
シンガポールの芸術家ジェイソン‧リーは現在台北芸術大学の大学院に学んでいる。自らシンガポールとの懸け橋となって芸術家の交流を促したいと考え「シンガポール小品2.0:台湾とシンガポールの対話」展覧会を計画した。
ジェイソンは写真、映画、絵画、音楽、インスタレーションなどのジャンルで活躍する台湾とシンガポールの芸術家十数人を集めた。ジャンルごとに一組にして、まず数か月にわたり、ネットを通して関心のあるテーマや創作について討論してもらい、それからそれぞれの作品で交流するというものだ。例えば台湾の賈茜茹とシンガポールのジャスティン‧リーは互いに地元のものをプレゼントしあった。賈茜茹はプリントのビニール袋を贈り、ジャスティンは漁網を贈った。版画に長けたジャスティンは台湾のビニール袋と漁網を組み合わせ、台湾をモチーフにしたシルクスクリーンのような作品を完成させた。
郭佩奇は人物と音楽を組み合わせ、楽譜で肖像画を描き、ビデオインスタレーションとして表現した。イヤホンをつけると、楽譜の音楽を聴くことができる。今回は「声音肖像:蔡英文」に中華民国の国歌を組み合わせ、これに対応する「声音肖像:リー‧シェンロン」には芸術家‧劉威延との交流で得たインスピレーションから、シンガポール人が誰でも歌えるマレー民謡の「Di-Tanjong Katong」を組み合わせた。ジェイソン‧リーは、この展覧会を通して台湾の芸術家にシンガポールの社会や文化を知ってもらい、またシンガポール人も台湾の芸術家の視点を通してシンガポールを見詰め直してほしいと考えている。

草根書室は各地で出版された華文書籍を揃えており、講座や展覧会も開いて思いがけない出会いの場を生み出している。写真は「重修旧好」展覧会。修復や創意を施して、古い物に新たな生命を吹き込んだ作品展だ。
華文読書の窓口
シンガポールで最も美しい書店と言われる草根書室(Grassroots Book Room)は、文学を通して台湾とシンガポールをつないでいる。
シンガポールのブキパソ‧ロードにある草根書室に入ると、華語のさまざまなジャンルの書籍が木製の本棚に並んでいて、その落ち着いた静けさに思わずほっとする。
見渡すと台湾の出版社の本がたくさんある。張曼娟の『我輩中人』、凌性杰の『另一種日常:生活美学読本』など台湾人作家の作品や、『故事柑仔店』といった伝奇小説もあり、さらに韓国のチョ‧ナムジュの小説『82年生まれ、キム‧ジヨン』や吉本ばななの作品など、台湾で出版された翻訳物もある。草根書室のリン‧ウーイティ董事長は「オリジナルであれ翻訳物であれ、台湾で出版された本は昔からシンガポールでも販売されてきました」という。チェーンの書店でも、台湾のベストセラーや実用書が売られており、草根書室では文学、歴史、哲学、生活美学などのジャンルをメインに扱っている。
シンガポールでは英語での出版が主流で、リン‧ウーイティは草根書室を砂漠のオアシスと形容する。草根書室は、シンガポール、マレーシア、台湾、香港、マカオの華語書籍を網羅しており、読者の視野を広げてくれる。だが、昔から台湾の出版物はシンガポールやマレーシアに輸出されているのに対し、台湾人はシンガポールや東南アジアについてあまりよく知らないとリンは指摘する。昨年彼は、台湾の友人とともに台北で季風帯書店(モンスーン‧ブックストア)を開き、シンガポールとマレーシアで出版された華文書籍を扱っている。さらに台湾でも『インドネシアモデル:国家民主化20年史』『政権交代の後:マレーシア民主化プロセスの懸念』といった華語書籍も出版し、台湾と東南アジア諸国のインタラクティブな交流を促したいと考えている。「書店の貴さは、一つのプラットフォームとしてさまざまなイデオロギーの人が交流できるという点にあります」とリン‧ウーイティは言う。
台湾では多様な価値が文芸に豊かな生命力と創造力をもたらしている。シンガポールとの文化交流を通してより一層想像空間が広がり、両国の友情が花開くことに期待したい。

草根書室は各地で出版された華文書籍を揃えており、講座や展覧会も開いて思いがけない出会いの場を生み出している。写真は「重修旧好」展覧会。修復や創意を施して、古い物に新たな生命を吹き込んだ作品展だ。

シンガポールの人々が「ビッグ・ドリアン」と呼ぶ、独特の造形のエスプラネード-シアター・オン・ザ・ベイ。ここでは毎日さまざまなステージが楽しめ、アートを通して人々の暮らしを豊かにしている。