
太思科技が発行するOmniカードなら、アプリで支払いができるため屋台で飲み物も買える。
SIMカード会社として創業した「太思科技」は今や世界に五つの支社を持ち、インドではV2X(車と外部要素をつなぐ通信技術)市場で65%のシェアを占め、在インド台湾企業の成功例となっている。人口14億のインドで「適切な人材を発掘する」こと、それが太思科技の成功の秘訣だ。
『台湾光華』取材班は太思科技(Taisys Technologies)のインド人スタッフに連れられ、ニューデリーの地下鉄に乗った。渡されたのは台湾の悠遊カード(交通系ICカード)に似た、太思科技が発行するOmniカードだ。

アビシェークさんは祖国に戻り、得意のデジタル技術で貢献するという夢を実現している。
SIMカードで創業
OmniカードにはSIMカードが内蔵されている。そのSIMカードは何俊炘董事長が2005年に太思科技を創業した頃の最初のヒット商品だ。
彼はほんの小さなチップにOSソフトを組込み、各国で特許を申請してから製造してくれるメーカーを探した。台湾の優れた半導体製造技術が生んだ超薄型のこの「智慧薄膜(スマートフィルム)SIMカード」は、2007年に通信業者と提携して台湾で携帯電話1台2番号サービスとして発売、同時に香港や中国にも進出し、中国の地方都市などで一千万枚以上のカードが発行された。
智慧薄膜SIMカードは携帯電話に挿入して国際ローミングが可能なだけでなく、決済機能も備えている。太思科技は20ヵ国以上の銀行や通信サービスに同カードを提供しており、遠くケニアの銀行からも注文が来たほどだ。

太思科技は決済システムをリストバンドやキーホルダーに搭載している。
金融監督当局からの要求
2013年、インド決済公社(NPCI)からも、電子ウォレットサービスを始めたいと太思科技に依頼が来た。ところが、金融監督当局から待ったがかかった。太思科技は銀行でないため、政府から決済ライセンスを取得する必要があると、インド準備銀行(RBI)に強く要求されたのだ。
この困難な問題を解決するにあたり、何董事長は生涯における二人の恩人に出会うが、その一方で、今でも後悔する決断もしている。
恩人の一人は、インド銀行界の重鎮で、インドステイト銀行(SBI)の会長も務めたA.K.プルワール氏だ。プルワール氏を董事長に招き、豊かな専門知識と人脈で助けてもらった。
もう一人は、何董事長の慧眼で見つけたアビシェーク‧サクセナさんだ。台湾のHTC(宏達電)で働いていた彼を引き抜き、太思科技インド支社の董事総経理を任せた。
何董事長によれば、アビシェークさんはインドのトップクラスの大学であるインド工科大学を卒業しているが、ほかのエリートが欧米での成功を目指すのとは異なり、ただひたすら祖国に戻って貢献することを考えていたという。

智慧薄膜SIMカードは、台湾のチップ技術開発能力と製造能力を実証している。
好印象を抱かせた携帯電話
おしゃれなメガネをかけ、やさしげに話すアビシェークさんは、ボルボ社との会議を終えて、台湾との縁について語ってくれた。
まだ台湾と中国の区別のつかない人が多かった時代、HTCが発売した携帯電話に出会った。「これは中国の会社のだと言う人がいましたが、中国がこんなに良い製品を作れるなんてとネットで調べたら台湾の会社でした。AsusやAcerも台湾企業で、品質が中国とは大きく異なりました」
やがてそのHTCに就職して台湾に来た。「台湾の食べ物はすばらしいです。キャベツ炒め、鶏肉の唐辛子炒め、麻婆豆腐が私のお気に入りで、あと牛肉麺もおいしい」と言ってから「インド人は牛肉を食べてはいけないのですが、あれは台湾の牛肉でインドのではないからいいでしょう」と、いたずらっぽく付け足した。
当初は台湾には3年だけ滞在し、インドに戻って起業するつもりだった。だがHTCではイノベーション‧プロジェクトを任され、特許を八つも取って昇進が続くし、何より台湾が好きだった。ビーガンの妻と幼稚園に通う娘も同様で、結局6年台湾で暮らし、何董事長と出会った。

太思科技インドのスタッフは大きな家族のようだ。全員が向かうべき目標を理解し、仕事の価値を大切にする。技術責任者のアビナヴさん(右から3人目)と董事総経理のアビシェークさん(右から5人目)。
デジタル取引きと金融包摂
アビシェークさんは2015年にインドに戻った。そして仲間と努力を続け、2021年にインド準備銀行から決済ライセンスが下りた。当時、GoogleやFacebookも申請していたため、アビシェークさんは誇らしげに言う。「うちには多額の資本はないものの、技術的な強みとデジタル決済のプランが好意的に受け止められました」
同じくエンジニアで、技術責任者を務める弟のアビナヴ‧サクセナさんは「我が社は、銀行以外で初めてデジタル‧プリペイドカードの発行認可を受けた企業です。銀行口座のない人でも本人確認の審査を経てOmniカードに入金すれば少額決済や送金が可能で、ATMで現金を下ろすこともできます」と言う。まさに金融包摂だ。
アビナヴさんによれば、この決済システムはスマホやリストバンド、キーホルダーにも搭載可能であるため、ピッとかざすだけで地下鉄に乗れて買い物もできるし、入退室制限がある場所でのアクセスカードにもなるという。
太思科技では企業向けの決済システムも開発した。例えばタクシーやトラックを抱える企業では、ドライバーはOmniカードで給油や食事ができ、領収証や請求書を持ち歩かなくてもよく、会計担当者も帳簿をつける必要がない。給与や経費も日時とともに一目でわかるレポートにまとめられるため管理コストを20%以上削減できる。
当時はオンライン決済を使う企業は少なかったが、今や世界を見渡せば、250もの大型ホテルやレストランチェーンで使われ、ユーザーは約200万人に上ると、アビシェークさんは指摘する。

IoT技術を活用したV2Xでは、GPS追跡により運転ルートが記録され、フリートマネジメントが容易になる。
V2Xで安全な社会に
2023年、イノベーションに長けたアビシェークさんはIoT(モノのインターネット)技術をGPSと組合せて車の走行距離や監視システムに応用し、AIによる支援も取り入れた。
太思科技のこうしたV2X(車と外部要素をつなぐ通信技術)はすでにインドで65%の市場シェアを誇る。アビナヴさんが例を挙げてくれた。例えば鉱業会社は、ドライバーがこっそり石炭を売ってしまうのを防ぎたいし、トラックやバスの会社は、走行中の居眠りや危険な運転を管理できればと考える。そこでV2Xを使えば、ドライバーの勝手な行動や危険運転も察知できて安全を保てるし、保険会社への補償請求の根拠にもなる。
何董事長によれば、バスなどでの痴漢や暴行防止のため、インド政府は公共の乗り物にはGPSの搭載を義務付けたが、現時点では大型バスに限られている。「乗客を運ぶ車両には大小に関係なくV2Xと連携するGPSシステムを搭載するよう、インド政府に提案したい」と何董事長は言う。
人口とテクノロジーの強み
では何董事長が後悔したこととは何だろう。当初SIMカードを銀行に売ろうとした際、10米ドルのカードを2米ドルに値切られ、利潤が少なすぎると断った。だが今思えば3億人のユーザーを取り逃がしたことになる。アビシェークさんも「人口の多さは我々の強みで、また世界に広め得る革新的テクノロジーもあります」と言う。
約30ヵ国を旅したことがあるアビシェークさんは、オフィスの壁に飾られたマハトマ‧ガンジーの大きな写真を指差し、「ガンジーは私のヒーローです。外国に住み、世界をよく理解していましたが、インドに戻ることを選びました。鍋の中でぬるま湯につかり、徐々に熱を加えられて死んでしまうカエルのようになるなと、インドの人々を目覚めさせたのです」と語った。
「ガンジーの偉大さに比べると私はちっぽけですが、私がインドに戻ったのも、インドにはまだ改善すべきところが多くあることを知っているからです。でも我が国の強みが何かも私は知っています。私の仕事がその強みをさらに強化できるよう、そして誰もが自分の力を発揮できるよう手伝うことができればと願います」と、アビシェークさんは祖国への変わらぬ思いを語る。
駐インド台湾代表の葛葆萱氏は「インドにはさらに多くのアビシェークやジェイソン(何俊炘さん)が必要で、そうすればインドはもっと良くなります」と言う。デジタル技術での台湾との協力を通じ、インドは発展の道を歩んでいる。