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台湾をめぐる

スイカの新しいスタンダード

スイカの新しいスタンダード

小さく、黒く、暑さに強い

文・曾蘭淑  写真・林格立 翻訳・山口 雪菜

5月 2025

台湾では、スイカは一年を通して楽しめるフルーツだ。

スイカ好きなら、農友種苗公司スイカ育種組長の龔建禎さんを羨ましく思うことだろう。彼は、春と秋の3週間、そして夏の2週間にわたる育種調査期間中に、1500もの品種のスイカを味わわなければならないのである。平均すると1日に300口となる。研ぎ澄まされた味覚と、甘さに耐えられる力がなければならない。彼と育種スタッフは、こうして商業栽培にふさわしい品種を選び出す。さらに、気候変動による世界市場の変化と流行も考慮する必要がある。

春節の寒い時期だが、台湾南部の屏東県萬丹郷には温かい日差しが降り注いでいた。いくつもカーブを曲がってようやく見えてきた田畑の傍らに農場があり、囲いの中には大小さまざまなスイカが、品種ごとに一列に並べられている。これは農友種苗公司が品種調査を行なう会場で、育種担当者が一つ一つ糖度を計り、味見をして、果実と種子の大きさ、果皮の厚みや硬さ、肉質などのデータを記録していく。

育種に携わって30年になる龔建禎さんによると、品種の調査選定においては試作を繰り返さなければならず、外国に輸出する品種の場合は現地へ赴き、気候や土壌の条件をテストし、環境に適合することを確認してから商品化する。

スイカはどう食べるべきか。龔建禎さんは、口を大きく開けて思い切り頬張ることで、スイカの食感を楽しめると語る。

スイカ大王が蓄積した成果

文献によると、スイカの原産地はアフリカで、台湾には1950年代に中国や日本から11品種が導入された。1968年、農友種苗が育種を開始し、現在では商業品種はすでに400を超える。同社が開発した品種は国内のスイカ品種の7割以上を占め、100ヶ国以上に輸出されている。

台南農業改良場で副研究員を務める黄圓満さんの文章によると、台湾は世界で最もスイカの品種が多い国の一つだと言う。スイカ育種の初代専門家の一人で「スイカ大王」と呼ばれるのは農友種苗創設者の陳文郁さんだ。農友種苗の陳威廷董事長によると、祖父である陳文郁さんは、自分は世界で最も多くのスイカを食べた人間だと語ったそうだ。

農友種苗が設立された当初から、世界のスイカの種子の4つに1つは農友種苗のものだった。昔は海外の農家が、現金を手に台湾へスイカの種子を買いに来たほどだった。

中でも最も有名な商業品種は、1玉の重さが12~18キロにもなる「華宝(China Baby)」という果肉の赤いスイカである。農友種苗営業一部青果種苗課長の許竣傑さんによると、「華宝」の台湾での市場占有率は9割を超える。この品種の強みは、生産量が多く、日持ちがするというもので、シーズンの終わりにはドリンクスタンドやかき氷店に販売すればスイカジュースになるので、農家の収益も良いのである。

新品種「黒美人(Dark Belle)6989」の皮は、30年前に売り出された「初代黒美人」より黒く、一躍「ブラックリスト」のトップに立った。

汚名を着せられた黄肉スイカ

黄色い果肉のスイカは、一時期市場をにぎわせたが、買ってみたら果肉が青白かったという声が出るようになった。許竣傑さんによると、台湾には旧暦の毎月1日と15日に祖先や神仏をお祀りする習慣があるが、その時にスイカをお供えする人が多く、農家がそれに合わせて早めに収穫したため、まだ熟していなかったからだと考えられる。完熟していないと、果肉は白く、甘みも足りないため、これを買ってしまった人々は黄肉スイカは美味しくないと思い、買わなくなってしまったのである。売れなければ植える人も減り、悪循環に陥ることとなる。

そこで農友種苗では新品種を打ち出すにあたり、新品種を農家に売り込むのではなく、差別化する形で消費者に向けて宣伝することとなった。育種スタッフは、既存の品種の改良にも取り組んでおり、さまざまな中型、小型のスイカも打ち出している。

長い楕円形ではっきりした縞模様を持ち、果肉が鮮やかな赤、糖度が高く、シャキッとした歯応えの「甜美人(Sweet Beauty)」は、重さ2~3キロと小さめである。

龔建禎さんはこう話す。時代の変化とともに少人数家庭や単身世帯が増えてきたが、こうした家では大きなスイカは食べきれない。切ってから冷蔵すると、空気に接する面積が広いために酸化して水も出やすくなり、小型のスイカの人気が高まってきた。また、消費者の好みも変わり、若い人はさっぱりしたものを好むという。

スイカの専門家である龔建禎さんに「美人」という品種名の由来を聞くと、「まず美しさの基準は『縞模様』が曲がりくねらずに真っ直ぐに入っている点が挙げられます。もう一つは、縞模様の色が地の色より濃いことです」と言う。最新の品種である大甜美人も、見た目が美しく、大玉で貯蔵もできる。

陳文郁さんの孫である陳威廷さんは、スイカの新品種のブランド化に力を注いでいる。

高価な外国産スイカがヒントに

もう一つ、市場での差別化に成功したのは、再び世に出た「黒皮」のスイカである。

かつて皮の黒いスイカは台湾では売れなかった。神仏へお供する時に、伝統的に黒い果物は使われないからかもしれない。

しかし、南部の高級スーパーで日本から輸入した黒皮のスイカを売り出したところ、1個が1800台湾ドルと非常に高価で、この価格は市場関係者を驚かせた。

黒皮のスイカは、お供えや贈答品にしなくてもいいではないか。

「ブランド」として差別化を図りたいと考えていた陳威廷さんは、黒皮スイカの最大の魅力は、黒に近い深緑色の皮にあると考えている。市場で目にすれば消費者はすぐに識別できるからだ。そこで農友種苗では客層に合わせて果肉の色味が異なる3種の黒皮スイカを開発した。共通点はいずれもジューシーで甘いということだ。

外皮が黒みがかった濃い緑色で、果肉が赤い「雅君(Skylar)」という品種は露地栽培でき、三期作が可能で生産量が多い。「雅君」は一般大衆をターゲットとしており、重さは3~4キロ、糖度が高く、会食やレストランでの提供にふさわしい。

同じく黒みがかった濃い緑色の皮をしているが、果肉がオレンジ色の「黒蘭(Helen)」という品種は、外皮に縞模様があるが、地の色が黒いため縞模様は目立たない。黒蘭の最大の特色は肉質がサクサクしていることで、皮は硬い。研究スタッフによると、この品種は保存がきき、冷蔵庫に3週間ほど入れておいても、肉質は変わらないという。近隣の東南アジア諸国に輸送しても貯蔵可能な期間内に届くため、輸出品種としてのポテンシャルが高い。

糖度が高く、一般市場向けの「雅君(Skylar)」。

立体栽植で高価格市場へ

市場のピラミッドのトップをターゲットとする黒皮スイカは、新しいタイプの小型のスイカを中心としている。例えば2022年に発表されたミニボールという小型のスイカはソフトボールほどの大きさで、さっぱりした甘みが特徴、一人で1玉食べられる。

農友種苗が2024年に打ち出した丸々とした「馬卡龍(Onyx)」という品種は黒々とした外皮に、繊細な赤い果肉のコントラストが特徴だ。重さは1~2キロで、カップルや小家族で食べるのにふさわしい。

昔からスイカは砂地で露地栽培されてきたが、ミニボールと馬卡龍は温室内で、支柱に沿わせて上からネットで吊るす立体栽培を採用している。この方法だと1株に1玉しか残せないため、栄養が1玉に集中し、生産量も少ないので高価格で販売すことができる。

海外では、黒皮のスイカは以前からよく売れている。例えば「黒美人(Dark Belle)」はインドや東南アジアで非常に人気がある。これは、農友種苗が長距離輸送と道路状態の良くない国のために開発した品種で、皮は堅固で弾力性があり、割れにくいので輸送や貯蔵に適しているのだ。

龔建禎さんが2024年に開発した新品種「黒美人6989」は従来のものの2倍の大きさ(4~5キロ)で生産量が多く、貯蔵可能な期間も従来の黒美人より1週間長い。さらに重要なのは、30年前に売り出された「初代の黒美人」よりさらに皮が黒いことだ。

詩人・羅青の詩「スイカを食べる6種の方法」の第1の方法は、まずは取り合えず食べてみる、というものだ。

高温多湿の気候が有利に

農友種苗のスイカの種子の輸出先を見ると、安定してよく売れるインドと中国に次いで、販売量が多いのはバルカン半島とエクアドル、コロンビア、それにカリブ海地域である。栽培期間が短くて生産量が多く、暑さに強い品種が良く売れているという。

バルカン半島や南欧などのヨーロッパのスイカ生産地では、Olympia のような縞模様が太い品種が好まれる。農友種苗は、セルヴィア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェコビナ、モンテネグロなどで平均10%ほどのシェアを誇っており、中には30%に達する国もある。農友種苗国外部の盧佳甫課長によると、最近はヨーロッパの気温がどんどん上昇しており、亜熱帯の台湾で育成された品種は、ヨーロッパで気温が上昇し始める春季の栽培に適しているのだという。

「私たちはカリブ海地域で30年以上にわたって営業してきました。やはり暑さや雨に強い品種、例えばQuinson Sweetに似たWarriorなどは、エクアドルやコロンビアといった赤道直下の国々でよく売れます」と言う。台湾はもともと気候の変化が大きく、亜熱帯に位置するため、条件的に優位性があると盧佳甫さんは考えている。

一方、新たな市場である中央アジアのカザフスタンでは、栽培期間が短く、低温に強い品種が好まれ、市場が開放されたばかりなので、さまざまな品種が受け入れられている。東欧でよく売れている寒さに強いDark Star品種は、韓国やロシアでも売れているが、台湾では三期作が可能なのに対し、現地では年に一度しか栽培できない。

育種担当者は糖度計を使って甘さを計る。

気候変動における台湾の優位性

「農家を支える立場から考えると、栽培期間が短く、栽培しやすく、糖度がより高いものほど競争力があります」。特に昨今は、雨季ではないのに大雨が続くことがあり、雨に強い品種の需要が高まっている。これは気候変動による国際市場の大きな変化だと盧佳甫さんは言う。

陳威廷さんによると、2024年の場合、台湾は3度の台風に見舞われ、スイカ農家は大変な苦労をしたという。

陳威廷さんは、これからは開発の効率を上げていかなければならないと考えている。従来は一つのブランドを生み出すまでに10世代の栽培が必要だった。しかし、現在は種苗企業の国際競争が激しく、農友種苗でも分子生物学の技術を活かして育種を加速し、遺伝子配列の分析を通して病気に強い遺伝子を見出すなどしている。

「育種に携わる者は、逆境や暑さ、湿気、乾燥に強く、さらに病虫害に強い品種を開発しなければなりません。これによって農家は栽培しやすくなり、農薬の使用も減らせ、農業の持続可能な発展に寄与できるのです」と陳威廷さんは種苗会社の使命を語る。

スイカは強い日差しと高温を好み、風雨を嫌う。気候の極端現象が増える中で、ジューシーで甘く、身体の熱をさましてくれるスイカが食べられるのは、育種に携わる人々のおかげでもあることを忘れてはならない。

「馬卡龍(Onyx)」は皮は薄いが強くて割れにくく、繊細な食感を持つ。

個人市場をターゲットに開発された黒皮の種なしスイカ「小祥」。

楕円形で重ねやすく、外皮が強いため貯蔵や輸送に適した「黒蘭(Helen)」。

品種調査会の会場には100品種にのぼるスイカが並んでいる。

調査を経て選定された品種は試作を重ねてから、ようやく商品化される。

台湾は気候の変化が大きく、亜熱帯に位置するため、スイカの育種にはもともと有利な条件を備えている。

育種担当者たちによる品種調査の様子。果肉と種子の大きさ、硬さなどを検査し、試食して食感を見る。

馬卡龍(Onyx)は温室栽培で、支柱を立ててネットで吊るす立体栽培が行なわれている。(農友種苗公司提供)

「華宝(China Baby)」種の強みは、生産量が多く、貯蔵がきくことだ。

スイカ大王と呼ばれる陳文郁さんは、世界中で最も多くスイカを食べた人は自分だと語る。