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芸術文化

デザイン思考で イノベーションを駆動——

デザイン思考で イノベーションを駆動——

都市ガバナンスの新たな可能性

文・鄧慧純  写真・莊坤儒 翻訳・山口 雪菜

5月 2019

台東デザインセンターはデザイン思考を都市ガバナンスに取り入れるという重要な一歩を踏み出した。写真は左から游適任、張基義、羅淑圓。

一枚の小さな名刺に、台東特有の文化的景観が描き込まれていて、それを手に取るだけで、台東がずいぶん変わったことに気付かされる。何の変哲もない赤いプラスチックのスツール(紅椅頭/アンイータウ)が、国境を越えて台南と大阪の人々の心をつないでいる。近年は、公的部門がデザイン思考を都市ガバナンスに導入するようになり、人々に新鮮な驚きをあたえている。これはまた住民に、己の文化に対する誇りと自信をもたらすことにもつながる。

変化は中央から最も離れた僻遠の地——台東で発生した。2016年、台風1号が台東に甚大な被害をもたらし、それが台東の変化のきっかけとなった。県は公共政策にデザイン思考を導入し、都市ブランドを打ち出して、東海岸に台湾で初めての県・市レベルのデザインセンターを設立することとなったのである。

「体制内に入って体制を変える」と語る張基義(中央)が率いるチームは点火者であり、公的部門と民間のイノベーションに契機をもたらす。

デザインで台東のイノベーションを駆動

デザインとは何か。台東デザインセンターの張基義CEOは「デザインは生活の一部でなければなりません。最も基本となる美を追求すると同時に、問題を解決するソリューションとならなければなりません」と言う。

台湾の産業は受託生産からテクノロジーへと発展してきたが、次の一歩はどこにあるのだろう。「暮らしで直面する課題のイノベーションに立ち返るべきです」と張基義は言う。そして「公的部門がデザインを活かすことでイノベーション思考を促し、異なる可能性を追求することが台湾のチャンスにつながるでしょう」と言う。

台東出身の張基義は、2010年に帰省して副県長(副知事)に就任したが、実際の仕事は美学ディレクターだったと話す。就任時、県長(知事)の黄健庭は、彼に台東の美学を任せたいと考え、以来台東は品質管理とイノベーションへの道を歩み始めたのである。

だが、デザイン思考を県政全体に活かしていくというコンセンサスを得る必要があった。2017年に創設された台東デザインセンターは、当初は国際発展・計画処に属していた。だが「各部門はまだ準備ができておらず、一つ審査部門が増えただけだと考えていました」と言う。その後、デザインセンターが県長直属の機関になり、プロジェクトオフィスが設置された。そして、デザインセンターは他部門の本来の業務に干渉するのではなく、部門を越えたビジョンを打ち出して各部門とともに歩むものとされた。「プロセスに干渉するのではなく、メカニズムが形成される前にコンセプトを導入して戦略を立て、それに沿って進めていけばいいのです」と張基義は言う。

地方の一般公務員の多くは膨大な事務処理に追われて公共政策について深く考える余裕がなく、プロジェクトの多くは調達手続を進めるだけで、問題の核心を解決することにつながっていない。デザインセンターは、こうした状況を変え、台東の未来を考えるビジョンを打ち立てたいと考えた。「病院に行く時、一番安い医者はなく、専門性が高く、評判の良い医者を探すものです」と張基義は喩える。デザインセンターは、各部門の計画の初期の段階で問題の核心を明らかにする役割を果たす。問題が明らかになれば、どのようなチームに依頼すべきか分かるからである。

2018年、デザインセンターは民間のプランニングチームPlan bを招き、共にデザインによって台東を変えていく作業を開始した。そして放置されていた台東鉄路警察局の建物をデザインセンターの活動の場とした。デザイナーの馮宇は本来の建物を残し、ロゴデザインと空間に「窓」のイメージを展開した。視覚を起点とし、窓を通して台東の将来を探索し、クリエイティビティを発見するという意味が込められている。

台東デザインセンターは、ガバナンス思考、自然景観、都市生活などのテーマに沿ってさまざまな展覧会を開き、見学者とともに考え、対話をしている。

台南を正しく知らしめる

台東がデザインを通して都市ブランドを打ち出そうとしているのに対し、台湾の古都「台南」は、いかに台南を正しく認識してもらうかに心を砕いている。

2015年、台南と大阪を結ぶ直行便が就航し、台南市は大阪から観光客を呼び込む方法を考えた。当時の台南市観光局長だった王時思(現在は台南市副市長)によると、広告然としたマーケティングでは本来の台南の姿を表現できず、価格競争に陥ってしまうと考えた。「そこで、旅のモチベーションを前面に打ち出し、台南に行きたいと思ってもらうことを考えました」と言う。

王時思は台南の真の姿を伝える展覧会を開くことを考え、ローカルの小さな旅を推進してきた風尚旅遊の游智維を招いた。彼はどんな町も深く味わう価値があり、その土地の価値を通してコミュニケーションを取ることが重要だと考える。

では、台南はどのような町なのだろう。「よく『台湾で最も美しい風景は人だ』と言いますが、私たちは人を前面に打ち出したことはありません」と游智維は言う。有名人をイメージキャラクターに起用しても、それは土地の住民ではなく、真の人情を伝えることはできない。台南の真の姿を伝えるために、彼らは莉莉氷果店(かき氷屋)の李文雄や切り紙細工の楊士毅、「奉茶」の葉東奉、「屎溝墘客庁」の蔡宗昇、「優雅農夫芸術工場」の黄鼎堯、芸術修復師の蔡舜任、歌手の謝銘祐らを招いて、それぞれの台南ストーリーを語ってもらった。「これこそ地元の人情です。一人ひとりが物語を語り始めたら、その都市の物語は語り尽くせません」と游智維は言う。

屋台でよく見られる紅椅頭(赤いプラスチックのスツール)は、游智維のチームが見出した台湾を代表するアイテムである。シンプルだが日差しや雨に強く、内に秘めた情熱は台南人の性格を思わせる。また人情深い台南人が「どうぞ、掛けて」と差し出す椅子でもあり、台南の真の暮らしを象徴している。こうして大阪で「台南紅椅頭(アンイータウ)観光倶楽部」展が開催された。

展覧会場の空間は「窓」と吹き抜けのイメージを取り入れ、窓を通した「観察・探索」と、さまざまな角度からの台東の将来の発見と創造を象徴している。

ふさわしい人材とともに

「台南紅椅頭観光倶楽部」は、質感を重んじる日本でも注目され、2018年「グッドデザイン賞」の地域・コミュニティづくり部門賞に輝いた。

成功のカギはふさわしい人材を見出すことだ。この2年、游智維は地方創生にも注目し、日本の多くの地方を訪ね歩いた。「自治体が民間からいかにパートナーを見出し、開放的な信頼関係を築くかがカギとなります」と言う。

どんな時も信頼関係を失うことはないと王時思は言う。公的部門のプロジェクト推進には審査日程があるが、游智維は常に協力するアーティストのために最大限の時間を確保する。時間に余裕があってこそ、感動的なものを生み出せるからだ。だが、プロジェクト執行にはリズム感も必要だと言う。この時、王時思は公的部門の立場から判断し、時間や経費の限度を決める。

Plan bの游適任が台東デザインセンターのパートナーに確定した後、彼は台東県の各部署を訪ねたが、どの部門の長も台東を深く愛し、常に台東のためを考えていることがわかった。

台東デザインセンターは自治体と民間のプラットフォームで、そこには行政手続に精通したメンバーもいて、それによって外部との窓口の役割を果たすことができる。同時にデザインセンターは民間の参画によってイノベーションの力を取り込まなければならない。そこで張基義は、県の建設、観光、文化、農業などの各部署での経験がある羅淑圓を副執行長に招いた。羅は会計審査部門と協議し、デザインセンターの調達案件をよりフレキシブルなものとし、プロジェクトによってさまざまな専門業者を統合し、デザインによる駆動という理想を実現している。「我々が求めるKPI(重要目標達成指標)は社会的影響力のある重要な企画案3件というだけで、企画の内容は空白です。過去の調達案件におけるKPI設定方法への挑戦でもあります」と羅淑圓が言う通り、政府や自治体の調達手続に精通した人にとっては驚くべき方法で、例えば「社会的影響力」の定義だけで大変な作業になったと張基義は笑う。「しかし、専門性の高いチームに力を発揮する空間をあたえれば、彼らは自ずと社会的な影響力を生み出すのです」と言う。これこそデザインセンターにふさわしいKPIと言えそうだ。皆の目標が明確になり、プロセスは行政と実施機関が話し合って決め、細部は専門チームが自由に力を発揮して社会的影響力を発揮していくのである。

全体の協力関係を游適任はこう表現する。プロジェクトオフィスは陸軍のように現地に足を踏み入れてニーズを理解する。Plan bは空軍のように急いで現場に人を送り、イノベーションと変化を起こす。この時、プロジェクトオフィスはそのまま進めるか否かを判断する。両者は恋人同士のように互いの気持ちを探り合い、火花を散らすこともあるという。

台東デザインセンターは、今年初めに台東県政府の名刺をリニューアルした。台東の海と山と空をテーマとし、また台東産の米やトビウオ、釈迦、三仙台、公東教会、熱気球などをシンボリックに描き入れ、台東のイメージを打ち出した。「県の名刺を新しくすることで、市民はすぐにデザインセンターが問題を解決しようとしていることに気付いてくれます。名刺は毎日交換するものなので、多くの人に台東の変化を知らしめることができるでしょう。これは台東がより多くの可能性を受け入れようとしていることを示しています」と游適任は語る。

ふさわしい人材を見出してともに前進する。王時思(右)と游智維(左)は台南が正確に認識されるよう協力している。

小さくても偉大な何か

小さな名刺だが、そこに台東の文化や風土が刻まれており、台東の変化を宣言する。

「大きいとは言えませんが、偉大なことです」と張基義は言う。これは著名デザイナーが一人でできることではなく、デザインセンターがプロジェクトとして統合し、Plan bがデザイナーの張溥輝とともに推進したものだ。「デザイナー選びだけでもいろいろありました。若い世代でありつつ若過ぎず、一定の知名度と影響力を持ち、また公的部門のルールを理解していて、人との交流に長けた人という条件でした」と游適任は苦笑する。他の自治体にはできないことを、台東はデザインセンターを通すことで実現した。「私たちは点火者であり、公的部門と民間の想像やイノベーションを動かすきっかけです」と張基義は言う。

紅椅頭(アンイータウ)は日本で台湾の記号として受け入れられ、毎年の展覧会の後、主催機関は入場者に紅椅頭をプレゼントしている。最初、日本人はプラスチックの椅子をもって電車に乗ることはないと言われたが、やってみると紅椅頭はすぐになくなった。「想いというものが人の理性を失わせるのです」と話す游智維は、紅椅頭は日本と台湾の庶民をつないだと語る。「これは価格の問題ではなく、価値の問題なのです」

「紅椅頭は、暮らしの中のどうということのないアイテムですが、こういうアイテムを皆の目の前に置き、素直にこれが私たちだと言うことで、自分の真の姿と向き合う勇気を示すことができます」と王時思は言う。彼女は常に、観光は産業としてだけでなく、正しく認識されるべきだと考えている。より多くの人に台湾を知ってもらい、台湾が非常に不利な条件の下で、自由と民主主義と人権を守っている国であることを知ってもらうことこそ重要だと考えている。

デザインでイノベーションを動かす。さらなる可能性に期待したいものである。

台南の真の姿を象徴する赤いプラスチックの紅椅頭(アンイータウ)が大阪で展示された。(蚯蚓整合文化提供)

台南の真の姿を象徴する赤いプラスチックの紅椅頭(アンイータウ)が大阪で展示された。(蚯蚓整合文化提供)

紅椅頭は台南と大阪の人々の心をつなぐ。 (蚯蚓整合文化提供)

廟や古民家、路地裏など、台南の街は物語に満ちている。

廟や古民家、路地裏など、台南の街は物語に満ちている。

廟や古民家、路地裏など、台南の街は物語に満ちている。

台東の文化や自然、特産品などを描き入れた台東県の新たな名刺。一目見ただけで、台東が変わったと感じさせる。(Plan b提供)

「台東未来生活提案所」では、人々に台東の将来のデザインに関する提案を呼びかけている。

デザインセンターが企画したRaw Trip——台東採集計画は、従来とは異なる視点で台東を発掘する。

デザインで新たなイノベーションを巻き起こし、それと同時に地域文化に対するアイデンティティと誇りをもたらす。